国策誤訳: 個別的自衛行為→「個別的自衛権」・集団的自衛行為→「集団的自衛権」 |
shall impair the inherent right of individual or
collective self-defence if an armed attack occurs
against a Member of the United Nations, until
the Security Council has taken measures
necessary to maintain international peace and
security.
Measures taken by Members in the exercise of
this right of self-defence shall be immediately
reported to the Security Council and shall not
in any way affect the authority and responsibility
of the Security Council under the present Charter
to take at any time such action as it deems
necessary in order to maintain or restore
international peace and security.
この51条の「the inherent right of individual or
collective self-defence」 を
「個別的自衛権又は集団的自衛権」と悪意の
ある誤訳をし、これらの誤訳権限を自然権と
訳しています。
先ず、「self-defence 」ですが、英英辞書では、
「自衛行為」又は「法律用語では自衛権(国の
自衛権は含まれない)」となっています。
どちらの意味を採用するかですが、第二パラ
グラフに「this right of self-defence」と出て
くるので、「自衛行為」の意味を採用する方が
適切と判断できます。
ですから、「(武力行使可能な例外としては)
自然権があり、その自然権に言及すると、自衛
行為を意味しているのですが、その自衛行為を
行使するやり方としては、個別的に又は集団的
に行使する方法があります」と訳すことになります。
要するに、the inherent right of(individual
or collective)self-defence となり、「自然権
とは個別的であれ集団的であれ、自衛行為その
ものを意味している」となります。
この訳だと、「individual or collective」が
「自衛行為」の前に挿入された理由:国連憲章
作成当時の安全保障国際情勢
(武力攻撃を受けた場合、安保理が対処して
くれるまで、自国だけで対処できる国もあれば、
対処できない国もあった:小国の場合は、一国
だけでは防衛出来ないので、事前に小国同士で
集団防衛条約を締結していた)
に合致しているし、
更に、国連憲章は2条4項で武力行使を禁じて
おり、唯一の例外として51条があるので、
消極的な武力行使しか認められないし、
出来ることなら武力行使以外の手段を採用する
ことが望まれると考えるのが自然であり、
でないと例外となり得ません。
そうでないと整合性が取れなくなり、国連憲章
としての体をなさなくなるからです。
何れにしろ、安保理が対処してくれるまでの
時限的な措置となります。
要するに、個別的自衛行為を「個別的自衛権」
と集団的自衛行為を「集団的自衛権」と国策
誤訳している訳です。
内閣官房によると、「集団的自衛権とは、
国際法上、自国と密接な関係にある外国に
対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されて
いないにもかかわらず、実力をもって阻止
することが正当化される権利」と定義付け
ています。
この定義の「自国が直接攻撃されていない
にもかかわらず、実力をもって阻止すること
が正当化される権利」は51条に全く見当たら
ないですが、
ヒントはNATOの第5条(Washington Treaty:
加盟国への攻撃を加盟国全体への攻撃と見なす)
にあります。
この「Washington Treaty」が存在することで、
NATOのCollective defence(集団的防衛)が
可能となっている訳です。
NATOでは、「日本定義の集団的自衛権」と
いう「自然権」の存在を認めていないので、
わざわざNATO屋台骨「Washington Treaty」
を1949年に、創立メンバー12ヶ国間で締結
しました。
この「Washington Treaty」が存在すること
で「自国が直接攻撃されていないにもかか
わらず」、集団的防衛(集団的自衛権では
ありません)が行使できる訳です。
しかも、集団的防衛を行使する事を決定する
には、先ず加盟国から第5条行使要求がなされ
る必要があります。
要求が無ければ、集団的防衛は行使されま
せん(過去の例:1964年トンキン湾事件、
1968年プエブロ事件、1982年フォーク
ランド戦争)。
仮に、要求があったとしても、全加盟国の
賛同が必要(最近の例:トルコが要求し
たが、賛同が得られなかった)です。
仮に、賛同が得られたとしても、集団的
防衛作戦への参加を強制できない(各国
の憲法が優先)し、
仮に参加する(第5条を実施)として、
「each Ally can implement the text in
accordance with its capabilities and
circumstances」(各加盟国の能力や
状況に従って、第5条を実施してよい)
となっているので、各加盟国の自主性が
尊重されています。
要するに、米国は欧州諸国との軍事同盟
では、「Washington Treaty」を基礎と
した、同盟国の自主性を尊重した集団的
防衛を求めていながら、
日本との軍事同盟である日米安保条約
では、「Washington Treaty」の様な
条文が存在しません(集団的防衛を
保障していない)。
しかも安保条約第5条(in accordance
with its constitutional provisions and
processes互いの議会次第)が存在する
ので、互いに防衛義務を負いません。
集団的防衛を保障しない、しかも互いに
防衛義務を負わない安保条約は、一体
全体何の為に存在するのでしょうか。
こんな安保条約の現状を完全に無視する
「日本定義の集団的自衛権」を前提の
現在の「戦争法案」が成立すれば、
米国は日本防衛義務を負っていないので
日本が攻撃されても助けてくれないのに、
日本は安保条約により米国防衛義務を
負っていないのに、戦争法案成立により
米国が攻撃されると、助けなければなら
なくなるという
日本の立場が、超自虐的な、片務な立場
となってしまいます。
そして、本当に可笑しな話ですが、「日本
定義の個別的自衛権・集団的自衛権」を
認める限り、
自衛隊を9条違反の軍隊にすることが出来、
9条違反の自衛隊海外派遣が出来てしまい
ます。
要するに、国連定義の個別的・集団的自衛
行為だと、防衛する形として、自国だけで
防衛行為をする個別的防衛行為と同盟国と
一緒になって防衛する集団的防衛行為と
受身的ですが、
日本定義の個別的・集団的自衛権では、
自国防衛の為の個別的自衛権、同盟国防衛
の為の集団的自衛権となってしまい、攻撃的
になることが可能となってしまいます。
日本定義の個別的自衛権・集団的自衛権を
認める限り、軍隊の存在を認めない憲法9条
無視の戦争法案を次から次と国会に提出でき
てしまいます。
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